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最高裁判所第二小法廷 昭和62年(あ)98号 決定 1990年1月22日

本籍

東京都中央区銀座三丁目五番地

住居

名古屋拘置所在監中

会社役員

中尾初二

明治三八年六月一五日生

右の者に対する所得税法違反被告事件について、昭和六一年九月二六日名古屋高等裁判所が言い渡した判決に対し、被告人から上告の申立があつたので、当裁判所は、次のとおり決定する。

主文

本件上告を棄却する。

当審における訴訟費用は被告人の負担とする。

理由

被告人本人の上告趣意は、憲法違反及び判例違反をいう点を含め、実質は事実誤認、単なる法令違反の主張であり、弁護人佐々木國男の上告趣意は、憲法違反をいう点を含め、実質は単なる法令違反、事実誤認の主張であつて、いずれも刑訴法四〇五条の上告理由に当たらない。

よつて、同法四一四条、三八六条一項三号、一八一条一項本文により、裁判官全員一致の意見で、主文のとおり決定する。

(裁判長裁判官 草場良八 裁判官 藤島昭 裁判官 香川保一 裁判官 奥野久之)

昭和六二年(あ)第九八号

所得税法違反被告事件

本籍 東京都中央区銀座三丁目五番地

住所 岐阜県各務原市鵜沼南町七丁目二二一番地

(現在 名古屋拘置所 別件未決拘置中)

被告人 中尾初二

昭和六二年四月一五日

右被告人 中尾初二

最高裁判所第二小法廷 御中

上告趣意書

頭書被告事件につき、被告人の上告の趣意は左のとおりである。

第一点 原判決(原判決が引用し、是認する第一審判決を含む。以下同じ)は、憲法三〇条に違反する。

一、原判決は、被告人が昭和三〇年、同三一年分の所得税について、岐阜南税務署長に対し確定申告書を提出すべきであることを前提とする公訴事実につき有罪の判決をした。

しかしながら、所得税の納税義務者である居住者の納税地はその者の住所である(昭和二二年法律二七号、所得税法六五条)。

本件公訴に係る昭和三〇年および同三一年の所得税の法定申告期限である昭和三一年三月一五日および同三二年三月一五日には、被告人の住所は東京都内に在り、岐阜県各務原市にはなかつた。被告人が同所に転入したのは昭和三二年四月一五日である。

したがつて、被告人の右両年の所得税についての納税地は東京都に在つたのであり、岐阜県各務原市ではなかつたに拘らず、被告人は、岐阜県各務原市をその管轄区域とする岐阜南税務署長に対し、所得税確定申告をなすべきことを前提としてなされた本件公訴およびその公訴事実につき有罪判決をした原判決は、憲法三〇条に違反するものである。

二、原判決は、新阪神産業株式会社、森下都および中尾正三を債権者とする金銭貸付行為を、すべて被告人の行為であると認定した。

しかしながら、新阪神産業株式会社は、商法所定の手続に従つて昭和二八年二月一七日に設立され、本店を八尾市に置く、実在の法人である。同社は商業登記簿に設立登記され、その名において不動産を所有し、その取得時に不動産取得税、登記免許税等の租税を納付し、毎年固定資産税を課税され、納税している。すなわち、国、地方公共団体から実在し、自ら経済的行為を行つている法人であることを公認されているものである。

さらに、同社を当事者とする民事事件の判決(最高裁昭和五五年(オ)第一一五三号、同五六年(オ)第一〇八号、同五六年(オ)第一五四号)においても、その実在性が承認されている。

また森下都および中尾正三は、それぞれ被告人とは住所を異にし、したがつて当然のことながら生計を別にし、それぞれ自己の資金をもつて金融取引を行つていたものである。

しかるに原判決は、「実質課税の見地から」という漠然とした理由で、右の新阪神産業、森下都、中尾正三の名義による金員貸付による利息収入等の所得をすべて被告人に帰属するものとした。いわゆる「実質課税の原則」(所得税法三条の二)は、資産または事業から生ずる収益の法律上帰属するとみられる者が単なる名義人であつて、当該収益を享受せず、その者以外の者が当該収益を享受する場合において」のみ妥当する考え方であつて、右新阪神産業株式会社、森下都および中尾正三のように、自己の資金をもつて貸付をして自己の名によつて利息の弁済を受領し、債務者側に債務不履行の状態を生じた場合には、それぞれ自己の責任において訴訟手続、強制執行手続を遂行して債権の回収を図つていた者の行為の結果を、安易に、被告人に帰属するものとした原判決は所得税法三条の二の規定の解釈、適用を誤り、ひいて憲法三〇条に違反するものである。

三、原判決は昭和三一年中の「城山荘」における料理旅館業の所得金六一二万九〇九二円を、被告人に帰属するものとした。

営業の主宰者が何びとであるかは、事業経営方針の決定、資金・人事の管理などが何びとによつて行われているか等を基準として判断されるべきものであるが、その営業について関係官庁への届出や関係官庁による許・認可が必要である場合には、それらの届出をし、許・認可を得た者が誰であるかも重要な要素となる。

「城山荘」の経営について第一審判決は「松太郎が経営者であることを支持する証拠としては僅かに松太郎の証言調書があるのみで、これを裏付ける資料としては旅館業の許可名義が松太郎であるということ、被告人を支配人に選任した旨の登記があることだけであり、結局被告人の主張は措信できない。」とした。

しかしながら右に摘示された証拠の外に、山田松太郎が「城山荘」の営業主であることを示す証拠として、公安委員会の旅館業営業許可、保健所長の食品衛生法に基づく許可、遊興飲食税法に基く特別徴収義務者の届出、県税事務所長による同税の領収証書等が存在する。

また、「城山荘」の事業の用に供された建物は、新阪神産業株式会社の所有であり、同社と山田松太郎はその建物につき賃貸借契約を結び賃料の支払をしている。第一審判決は、右建物を新阪神産業株式会社が取得したことは、とりもなおさず被告人がその所有権を取得したものと即断しているが、全く事実に反する。前に指摘した別件民事訴訟においては、土地所有者からの建物収去・土地明渡請求事件につき、新阪神産業株式会社を建物の所有者、山田松太郎をその占有者であると認定しているのである。新阪神産業株式会社が単なる名目的な会社ではないことは前述したとおりであるから、「城山荘」における料理旅館業の営業の主体は右建物の賃借人である山田松太郎であることは明確である。

さらに、「城山荘」における営業上の収支は、すべて山田松太郎の名によつて、同人名義の預金口座を通して行われており、それらの預金通帳およびそれによる現金の出し入れに使用された印鑑はすべて山田松太郎が保管しておつたものを、同人の居宅において押収されていること、これらの資金の運用を被告人が決定し、これらの資金の運用の中から、被告人が、何らかの名目によつて、所得を得たことを確認するに足りる資料は存しない。

第一審判決は、山田松太郎の子であり、「城山荘」の経営について父親の手伝いをしていた山田隆が記入していた手帳の中に、被告人の山田松太郎に対する優越的・支配的態度をうかがわせる記載があることをもつて「城山荘」の実質上の経営者が被告人であつたとする認定の根拠としている。しかしながら、右手帳の記載は、被告人に対しては好意を持っていなかつた山田隆の主観的な見解を記載したものにすぎず、これのみをもつて、「城山荘」における料理旅館業の経営者は被告人であつたと判断することは経験則に反する。

原判決の判断は、結局、所得税法三条の二の規定の解釈・適用を誤まり、ひいては憲法三〇条に違反するものである。

四、第一審判決別表一の、中央相互銀行桑名支店における収入利息金一二〇万円は、分離課税所得(租税特別措置法二条の二)であり、利息支払の際に銀行において所得税が源泉徴収される(所得税法三六条)ものであるから、被告人に確定申告義務はなかつた。その利息支払の基因となる定期預金が通常の預金取引による預け入れによるものであるが被告人が導入預金の斡旋をしたことによつて得た謝礼金を預け入れたものであるかによつて、右の理に変りはないはずである。したがつてこの利息についても申告義務ありとすることは、憲法三〇条に違反する。

第二点 原判決は、憲法三一条に違反する。

一、所得税の脱税につき有罪の認定をするためには、適正な手続により客観的な納税義務の範囲を認定し、かつ、少くとも概括的に、被告人に脱税の認識があつたことが、証拠によつて、明らかにされなければならない。

二、原判決は、昭和三〇年中に被告人の金融業による利益が四一三万二二一七円発生していると認定し、被告人が主張した債権譲渡損および貸倒損失の存在したことを否認した。

(一) まず、昭和三〇年八月五日の梅山ように対する債権譲渡について、第一審判決は、右譲渡の対象となつたのは、株式会社井善中店に対する被告人名義の、手形および小切手による貸金元本一〇〇二万五〇〇〇円(第一審判決三九丁表一~六行)と未収利息約一四〇万円、新阪神産業株式会社名義の公正証書による貸金元本金三五〇万円、および山田松太郎名義の公正証書による貸金元本金三〇〇万円の元本合計金一六五二万円のうち一六四二万五〇〇〇円と未収利息約一四〇万円であり、これを代金一三〇〇万円で譲渡したものと認定しながら、譲渡差損の存在を否定した。

原判決は、第一審判決の右の部分は理由に喰い違いがあるものとしてこれを破棄し、新たに「村瀬徳朗は更に昭和二九年六月から同三〇年五月までの間に株式会社井善中店の代表者として被告人から(但し貸付名義人は被告人、新阪神産業株式会社、山田松太郎の三名に分かれるが、同会社及び山田松太郎は形式的名義人であつて実質的貸主は被告人であつたと認められる。なお債務の一部につき村瀬徳朗は連帯債務者あるいは連帯保証人となる。)を多数回に分けて事業運営資金等として合計一一四二万五〇〇〇円を借り受け」たものと認定した。しかし、この認定は確たる証拠に基かない恣意的なものであり、譲渡債権の内訳は第一審判決の認定が客観的事実に添うものであつた。

なお原判決は、『右合計借受金一一四二万五〇〇〇円のうちの一部である二〇〇万円(昭和二九年六月一日貸付分一〇〇万円、同年七月二六日貸付分一〇〇万円)の貸付に際して村瀬徳朗の所有にかかる名古屋市千種区猪高町大字一社字打越一五三八の三九山林一反六畝二二歩外数筆の土地の所有権を担保として取得し』、『結局右各山林の所有権移転登記を昭和三〇年七月一一日受けたまま、その所有権を確定的取得してしまい、右二〇〇万円の債権はこれにより元利とも消滅した』ものと認定した。しかしながら原判決の摘示する二件の貸付は山田松太郎あての約束手形を担保とする同人の債権であつて被告人のものではなく、原判決摘示の山林は右債権の担保のためにその所有権を取得したのではなく、被告人が昭和二九年六月二二日に現金二〇〇万円で買い受け、同日その代金は村瀬徳朗に支払ずみであり、その売買を原因として昭和三〇年七月一一日に被告人のために所有権移転登記を経由したのである。村瀬徳朗は右売買契約の締結ならびに代金の受領について公正証書(符二二〇号の一)において確認をしていながら、後日被告人に対し右山林の取戻請求の訴を提起して争つたが、敗訴しその判決は確定している(名古屋地裁昭和三二年(ワ)第七一三号所有権移転登記抹消登記手続請求事件の確定判決(符第二二〇号の一、二)参照)のであるから、原判決の前記認定は明らかに事実に反する。

したがつて、昭和三〇年中に、被告人がした債権譲渡においては、譲渡債権元利合計一七八二万五〇〇〇円、その代金一三〇〇万円、譲渡に要した費用(あつせん手数料)一〇〇万円であつたから、結局五八二万五〇〇〇円の譲渡損を生じているのであり、この損失は金融業による事業所得にかかる必要経費である。

(二) さらに、原判決は、被告人が昭和三〇年の金融取引による所得計算上必要経費に算入されるべきものであると主張立証した次の金額について、すべて被告人の主張を排斥した。

(ア) 昭和三〇年一二月三一日付でした菊地六輔に対する債権一五〇万円の債権放棄

(イ) 内田商事株式会社および株式会社内田商店に対する手形・小切手債権七一〇万円が昭和三〇年中に同社の倒産によつて回収不能となつたこと

(ウ) 大東健治に対する貸付金債権一八〇万を昭和三〇年中に債務者の無資力により債権放棄をしたこと

(エ) 大信産業株式会社に対する手形により貸金一三六万五〇〇〇円が昭和三〇年または同三一年中に回収不能となつたこと

しかしながら、右各事項について原判決の認定は証拠の取捨選択を誤つた合理性を欠くものである。

仮りに原判決の認定が相当であるとしても、被告人は、昭和三一年三月一五日当時においては、前記各事由による貸倒損失があり、したがつて昭和三〇年に課税されるべき所得は無いと確信していたのである。

三、原判決は、昭和三一年中に被告人の金融業および料理旅館業による利益六二八万六八九六円発生していると認定し、被告人が主張・立証した、次のような貸倒損失または債権譲渡損失の発生を、すべて否定した。

(ア) 菊地六輔に対する貸金一五四二万九七六〇円のうち少なくとも半額が昭和三一年中に回収不能となつたこと

(イ) 大同石油株式会社に対する貸付元利金一六三〇万円が昭和三一年中に同社の倒産によつて回収不能となつたこと

(ウ) 藤為工務店に対する貸付金九〇〇万円が昭和三一年一二月二〇日同社の破産により回収不能となつたこと

(エ) 三光タクシー株式会社に対する貸金債権八二四万円を昭和三一年二月宮本勢之助に代金二〇〇万円で譲渡したことによる譲渡損六二四万円

しかしながら、「城山荘」における料理旅館業の経営者は被告人ではなく山田松太郎であつたのであり、前記各貸倒等の発生した原判決の認定は証拠の取捨選択を誤つた合理性のない判断である。

仮りに原判決の認定が相当であるとしても、被告人は昭和三二年三月一五日現在においては、前記のような事情により、昭和三一年中に課税所得は発生していないものと確信していた。

四、以上のとおり、昭和三〇年および同三一年中に被告人は所得税の課税の対象となるべき所得を得てはいなかつたし、仮りに後日の調査によつて課税所得の存在が認められるとしても、右両年分所得税の確定申告期限においては、被告人は課税所得の存在を認識していなかつたのであるから、被告人に所得税脱税の犯意はなかつたものである。

原判決は、課税所得の認定を誤つてその誤つた前提に立つて被告人の犯意を認定したものであり、憲法三一条に違反するといわなければならない。

第三点 被告人の納税申告義務に関する事実誤認。

原判決及び、一審判決は、憲法三〇条違反の重大な事実誤認があり、これを破棄しなければ、著しく正義に反するものである。

一、一審判決は、被告人の主張を認め、破棄したが、懲役四月及び、判示第一の事実につき、罰金七〇万円に、判示第二の事実につき、罰金一三〇万円に処する。この裁判確定の日から、二年間右懲役刑の執行を猶予する。被告人が右各罰金を完納することが出来ない時は、金一万円を一日に換算した期間を労役場に留置する旨を言渡し、原判決は、被告人の事実誤認の控訴論旨を排斥して、第一の金融業及び第二の料理旅館業について、被告人は岐阜南税務署への申告義務があるとの一審の事実認定を支持した。

二、被告人には、右所得を逋脱する犯意がなかつたことが客観的に明らかである。即ち、

(一) 第一の金融業について、新阪神産業株式会社(以下新阪神と略す)は、昭和二八年二月一七日の設立であり、本件課税年度の昭和三〇年、三一年当時、本店所在地は八尾市で岐阜南税務署管轄内ではなかつた。

(二) 原判決三〇枚目八行目、白川不動産株式会社を控訴人とする判決昭和五六年(オ)第一〇八号(原審岐阜地裁昭和三〇年(ワ)第三〇四号)昭和五八年七月一九日言渡した最高裁第三小法廷判決によると上告人新阪神株式会社は、株式会社として存続していることが明らかである旨判示(弁証一一一号、一一三号、一一五号)。昭和三〇年当時に於いて当事者能力を有する旨、判決からでも当然に新阪神産業株式会社の納税義務は法人税法第四条の適用があり所得税法の適用はうけない、被告人には岐阜南税務署に対する右会社の所得の申告義務はない。これは、憲法第三〇条の誤認といわざるを得ない(法律上株式会社代表取締役の業務の執行権を被告人の活動とした)。

(三) 昭和三〇年度における岐阜県岐阜南税務署管内の住所地での貸金及び受取利息(証符二九六号)の加藤孝之、竹本肇の貸付金及び受入利息計算調書には一件もないから、被告人は同署へ申告する義務は税法上あり得ない誤認がある。

(四) 新阪神産業株式会社は商法二八条に定める会社成立の昭和二八年二月一七日より二年以内に設立無効の提訴はなかつた。設立無効でも新阪神産業株式会社の賃貸借及び転貸借が当然に失効することはない(最判昭和三二年六月七日判例民二六-八三九)新阪神産業株式会社の債権は不動産で同会社のものと解せざるを得ない。新阪神の債権が当然に被告人の貸付金にはならないこの点重大なる誤認がある。第三者の保護が取引安全の見地からでも認められておる(商法四二条・二六二条・一四条・二三条)。

三、株式会社は、代表取締役が当該株式会社の業務の執行を有する会社の代表者名義で活動をすれば、それは当然当該会社の業務に帰属して、代表者の被告人に権利は移転しないことは明白であるといわねばならない。外観主義、禁反言の原則(商法二六二条)不動産登記の効力(同一四条)表見支配人(同四二条)商号使用の営業の譲渡人の責任(同二六条・二七条)などの規定がある。判決書は刑訴三一八条最判昭和二三年一一月一六日刑集二-一二-一五四九の経験則に反する認定といわねばならない。当該判示の所得が被告人に帰属した証拠がない認定である。

第四点 料理旅館業について。

(一) 原判決別表Ⅰ中央信託銀行桑名支店からの利子収入一二〇万円については、被告人が右利息金を受領した確たる証明がない。右は預金利子の性格を有し、右所得の申告義務は銀行にあり、被告人にはない。右支払利息があれば、法律上、当時一切の利息について、支払いの際に、分離課税で銀行は右所得分について、源泉徴収が義務付けられておる。

(二) 右は分離課税の対象ではなく、これに対して被告人が分離課税手続きをとるべき憲法三〇条の法律で定めた納税義務はなかつた。判決書三五丁裏三~七行において、これに対し被告人が分離課税手続をとつたような形跡は全く認められないから被告人に犯意があつたとするが、

(三) 被告人に所得税逋脱の詐偽その他不正行為及び分離課税手続を当時とらねばならない法律が必ずしも明らかではない。

(四) 右利子所得は非課税の対象となる法律がなかつた。被告人が分離課税手続きをせねばならない法律はなかつた。刑罰に処せられたのは憲法三一条違反で破棄すべきである。

憲法三〇条によると別に定める法律によつてのみ納税義務を負うものである。

一、判決三四丁裏七行目以下で、被告人が料理旅館の経営者であるとする原判決の認定は正当で肯認できるというが、これは重大な事実の誤認であり、これを破棄しなければ著しく正義に反する。

山田松太郎証人は、仮装名義でなく、同人の主体的行為である旨認めた原判決で明らかである。符三一二号の弁四六三符三〇七風俗営業等取締法による公安委員会、符三二〇旅館業法、符三一八食品衛生法に基づく営業許可申請は株式会社井善及び山田松太郎が行い、山田松太郎が被告人を料理旅館業の支配人に登記をしたものである。

右料理旅館業の所得は、商法三七条~同四一条、民法一〇九条等によると、同業の所得は法律上被告人に帰属はしない。この認定は憲法三〇条に反すること明らかである。

(一) 山田松太郎は所轄岐阜南税務署に弁証四八九号符三三九号同業の営業開始届を昭和三〇年一二月に提出し、岐阜県知事に届出て、米穀の特別配給をうけていた。憲法三〇条の租税法律主義とは、税法の解釈適用の段階で主張することは許さないものとする、別の言葉で表現すれば、疑わしきは納税者の利益の為にするという法律で、税務行政庁や裁判所の恣意的判断を防止し、不確定概念、概括条項、自由裁量規定の導入の禁止、拡張解釈、類推解釈の禁止、行政先例法、慣習法の否定、法律不遡及の原則等法律が強調される社会正義、国民の人権を擁護せなければならないとするものである。

二、中央信託銀行桑名支店からの受入利息百弐拾万円は、分離課税である。昭和二一年法律一五号租税特別措置法第二条の二、最高裁大法廷昭和三〇年三月二三日民集九巻三号三三六頁による非課税となるべき一二〇万円を課税しておる。又、

昭和三七年二月二一日最高裁大法廷判決によると、憲法三〇条及び同八四条は、納税者の範囲、税率を定めるにつき、法律によることを必要としただけでなく、税の徴収方法をも法律によることを要するものとした。(刑集一六巻二号一〇七頁、昭和二二年(れ)第三二二三号昭和二三年六月二三日大法廷判決集二巻七号七七七頁)

三、昭和二二年三月三一日法律第二七号所得税法第五章源泉徴収第三七条ないし第四三条によると、右利子所得は本来の預金者被告人が直接納税することなく、利子を支払う同銀行を、同所得税の徴収者としておる。

四、昭和三七年四月法律第六六号国税通則法第二条第五項によると、右国税の納付義務者を通則上、預金者とせず、右税の源泉徴収義務者の同銀行を納税者と法定している。即ち、被告人は法律上の納税義務者になつていない。預金利子の納税金を、利子支払い銀行で天引き徴収されたことで、納税義務は消滅したと解される。従つて、

この納付行為は徴収義務者の利息支払銀行と課税権利者の関係で、預金人とは無関係である(浦谷清著「源泉徴収に於ける法律関係」甲南法学三巻三号、同「源泉納税者の租税債務」甲南法学四巻三号、「非課税法総論」有斐閣)。

五、原告国は右銀行預金は消費貸借とされるが、法律上は「消費寄託」で、被告人が窓口で同銀行の定期預金をなし、定期預金証書の交付をうけ、満期に右元利金の支払を同窓口でうけておる。右所得の申告義務は憲法三〇条により被告人にはない。

第五点 納税義務者は実質的に法律の規定を離れて定められないことは憲法三〇条及び前記一の判例から明らかである。

一、所得税法一二条の実質とは何をいうのか、抽象的、一般的に実質課税の原則を主張することは、事実に於いて、租税法律主義の法定安定の要請を空洞化せしめる危険がある。

最近に於ける有力学説は租税法律主義とは、別個の税法の解釈適用上、原則としての実質課税の原則の存在を許容しない。右法一二条実質課税の原則を口実として、所謂、税法の独自性を税法の解釈、適用の段階で主張することは許されないとされる。

二、所得税法一二条の「名義人」という言葉が真の法律上の帰属者に関する規定と解することが可能である。法律的実質主義を規定した法理に厳格に従えば、経済的実質主義をも規定したものと解することは許されない。

三、昭和四〇年九月八日、刑集一九巻六号六三〇丁によると、所得法三六条一項(旧一〇条一項)所得とは、収入すべき権利の確定した金額とされる。所得税基本通達一九四によると、その収入し得る権利の行使が法律上、可能となつた時点を以つて、所得とされる。即ち、債権者は新阪神産業株式会社又は、山田松太郎の元金が被告人の利息債権となつて確定し、所得化する法的に帰属する時点が全然ない。よつて、名義人の新阪神産業株式会社及び山田松太郎の利息債権について、法律上被告人が収入すべき権利が確定することはない。また、理由不備、理由齟齬、収入し得る権利にあらざる課税を申告しなかつたとして、犯意のない所為を処罰したことは社会正義に反する。

四、原判決二九丁裏三〇丁表には法理論上、経験則上、明白な刑訴法四〇一条一号、憲法三〇条の違反、昭和四〇年九月八日刑集一九巻六号六三〇丁の判例と相反する破棄すべき理由が存する。即ち、

(一) 料理旅館業の被告人に納税義務のある理由は、新阪神産業株式会社名義による活動が実質的見地に立つとき、すべて被告人の活動であるとしても、これによつて、被告人の前記三の所得は生じない。よつて、被告人に納税義務はない。

新阪神産業株式会社名義の活動がすべて被告人の活動としても、山田松太郎又は、株式会社井善が営んだ料理旅館業を後記(二)のように、被告人も同業を営んだことには法理上、なり得ないことは明らかである。

被告人には新阪神産業株式会社の代表取締役として、業務執行権がある。当然に、同会社の活動は他人には法理上出来ないことは明らかである。

法人税法第四条に定める納税義務者新阪神産業株式会社の所得が、実際上法人以外のものに帰属すると認められる場合であつても、法人税法に特別の明文がない限り法人格を否定して、その実際上の帰属者に個人所得を課することは憲法三〇条により許されない。如何なるものが納税義務者たるかの要件は、法律による絶対的規範事項である。

(二) 原判決判示の認定が正当として肯認できる当審で取調べた白川不動産株式会社に対する判決は、右認定を左右するような意味をもつものではない。この誤認は憲法三〇条に違反し、これを破棄しないと著しく社会正義に反する。

所得税法一二条にいう実質課税の原則を口実にして、税法の解釈適用の段階でこの主張をすることは許されない。

右は憲法三〇条の法理に厳格に従えば、経済的実質主義をも規定したものと解することは許されない。

1.法人税法の適用に於いては、所得税法第一二条により、法人税法の四条の法律の規定を離れて、納税義務者を実質的に定めることは許されない。憲法三〇条の租税法定主義は、課税要件を法定することにより、税務行政庁や裁判所の恣意的な判断を防止して、国民の財産的利益が侵害されないように人権を擁護しようとするものである。憲法八四条が、この原則を宣明している。

2.租税の領域に於ける法定安定性、予測可能性を確保しようとする原則である「疑わしきは納税者の利益の為に」という法理が強調される。租税法律主義からの理論的要請として、税法領域に於いてはとりわけて、<1>確定概念、概括条項、自由裁量規定等の導入の禁止。<2>通達の法源性の否定。<3>包括的委任命令の禁止。<4>誇張解釈、類推解釈の禁止。<5>行政先例法、慣習法の否定。<6>法律不遡及の原則(法律用語辞典八八四頁)。

税法の目的は納税者の人権を擁護することにある。租税法律主義の要請から、税金をとることの出来ない限界、つまり税金をとられない限界を明らかにするところに重要な力点がある。解釈適用の在り方もそのような観点から考えられねばならない。

3.租税法定主義は国民の経済生活に法的安定性と予測可能性を保障しなければならない要請のものである。納税義務者を法解釈によつて定めることは許されない。

新阪神産業株式会社は商業登記され、法人格を取得し、不動産を保有し、経済的活動をしておる。税法上、同会社の法人格を否定するには、税法の明文がない限り不可能である。況してや被告人を同法人の納税義務者として、個人所得税を課することは許されない。

昭和六二年(あ)第九八号

被告人 中尾初二

右の者にかかる所得税法違反被告事件についての上告の趣意は左記のとおりである。

昭和六二年五月一八日

右弁護人 佐々木国男

最高裁判所第二小法廷 御中

一、本件事案の争点は、控訴審における弁護人並びに被告人本人の控訴趣意に指摘するところであり、これに尽きる。これらの点について原審は、逐一これらの点を検討し判断を加えるに、被告人は尚得心できないと謂う。而してこれを案ずるに、その要点は所得税法第一二条「実質課税の原則」(法人税法第一一条、国税徴収法第三六条等)・同法第一五条・第一六条(納税地)・同法第一八一条(源泉徴収)・第六条(源泉徴収義務者)に関連するもので、いずれも原判決には右法令の解釈適用に誤りがあり、その判決に影響を及ぼすこと必定であるばかりか、憲法三〇条・同八四条に反するというにある。よつて以下右諸点につき、原判決認定の事実と関連させながら検討を加え考察する。

二(一) 「実質課税の原則」-所得税法第一二条-の適用について

本件の最大の争点は、新阪神産業株式会社、森下都及び中尾正三を名義人とする各貸付行為がすべて被告人の行為であるといえるか。いえるとして所得税法-以下法という-一二条の適用あるか否かに存する。ところで右については原判決が同法をいかに解しているかは明らかでない。同法をいかに解釈し、いかなる場合に適用あるかが解明されていない。つまり同法一二条を適用した第一審判決を是認しているが、その前提として同法をどのように解釈しているのかが全く明示されていない。いったい右一二条は何故の立法規定なのであろうか。

(二) もし原書のいうとおり右ら三者(自然人、法人を含む)の各名義による貸付行為が被告人の行為なのだとするのであれば、それは右法条の適用を待つまでもないことである。被告人が自己を特定するのに、あるいは営業行為をなすのに、第三者の名称を利用することは一般私法上、特に商法の分野にみられるいわゆる「通称」理論の適用によつて解明できることであつて、何も敢えて法一二条を持ち出す要がないとみられるからである。

(三) そうではなく法律行為の帰属主体(権利義務の帰属主体)は、名義人に帰属するが、単に収益という経済的-いつてみれば課税客体たる対象物-視点からみてこれを課税の対象客体として捕捉するとするに止どまることを法一二条は意味するのか-その限りでは商法上の介入権に類似するか-あるいは実質的な法律行為の帰属主体までも含めての規定と解するのか、この点についての重要な判断が蔑ろである。理由不備の大なるものがある。いずれにしろこのようにみてくると、法一二条の規定は明確性を欠き、ひいては租税法律主義の根本理念に抵触することになつてくる。それは単に私人間の私法的取引分野に関する民法・商法とは異なり、国民の納税の義務というより直接な権利義務にかかる問題だからである。認定した事実をあてはめる大前提たる法令の解釈を明確にしない原判断はそれのみで破棄されるべきものと思料されるのである。更に翻つて考えてみるに、このような法律効果を是認する法理論として、その一つに「法人格否認の法理」もある。主としては、会社(法人)形態の乱用を戒め、それを隠れミノとする取締役個人の責任を追求せんとするものであるが、視点によつてはこれとも同一範疇に属する問題領域とも考案しうるのである。法一二条(法人税法一一条)は、甚だ明析性を欠く。租税法律主義にもとると謂わざる得ない。

三、次に原審の認定するごとく、本件貸付行為が被告人の行為とするならば、納税地はどこでありうるのか。被告人は本件所為当時に住居居所は東京都にあつたというのであるから、納税地は東京、従つて本件公訴は本来であれば東京地方裁判所に起訴されるべきところ、右は捜査機関の重大な誤りによるものであり、この点において訴提起の要件を欠く控訴は棄却されるべきである(所得税法第五条・第一五条・第一六条)。

四、また源泉徴収義務(所得税法第六条・第一八一条)との関係で争点となる中央信託銀行桑名支店からの収入に関し、原判決は「いわゆる導入預金をしたことに対する報酬であつて、正規の定期預金に対する利息ではないとした」原判決は肯認できるとするに止どまり、理由を示していない。それが導入預金であり何であれ、徴収義務者は利子であればまず金融機関に存するところ、これを「分離課税手続きをとつたような形跡も全く認められないから」とする原審の判断は独断と偏見になるもので、判断の根拠も理由もしめしていないと謂わざるを得ず、ここにおいても重大な法令適用の誤りがあり、それが判決に影響を及ぼすことは明らかである。

五、以上のとおり被告人の各所為を被告人自身の各貸付行為とみてくると、被告人の主張する各事業年度毎の損失(譲渡並びに貸倒損失)は、結論的には仮に否定されたとしても、被告人が真実貸倒または債権譲渡による損失を自己の取引計算において認識し、これが処理をはかつていたとすればそれは故意に影響を及ぼしてくることであり、違法性の意識の問題となり、故意の存否内容に重大な要素を占めてくるのであり、この点についての審理を尽くしていないことは、重大な訴訟手続きに関する法令違背となるものである。

六、尚、その他の原審認定の事実に関する上告理由については、被告人提出にかかる上告理由とほぼ同旨でありここに援用するが、右らの点については追つて更に追加補充する用意である。

昭和六二年(あ)第九八号

所得税法違反事件

本籍 東京都中央区銀座三丁目五番地

住所 岐阜県各務原市鵜沼南町七丁目二二一番地

被告人 中尾初二

昭和六二年五月二〇日

右被告人 中尾初二

最高裁判所第二小法廷 御中

上告趣意書(追加)

被告の上告の趣意は左のとおりである。

第一点 被告人の納税申告義務に関する事実誤認。

原判決及び、一審判決には、重大な事実誤認があり、これを破棄しなければ、著しく、正義に反するものである。

一、一審判決は、被告人の主張を認め破棄したが、徴役四月及び、判示第一の事実につき罰金七〇万円に、判示第二の事実につき罰金一三〇万円に処する。この裁判確定の日から、二年間右懲役刑の執行を猶予する。被告人が右各罰金を完納することが出来ない時は、金一万円を一日に換算した期間を労役場に留置する旨を言渡し原判決は、被告人の事実誤認の控訴論旨を排斥して、第一の金融業及び、第二料理旅館業について、被告人は岐阜南税務署への申告義務があるとの一審の事実認定を支持したものである。

二、しかし、被告人には、所得を逋脱する犯意がなかつたことが、客観的に明らかである。

(一) 原判決は、被告人が昭和三〇年、同三一年分の所得税について、岐阜南税務署に対し、確定申告を提出すべきである事を前提とする公訴事実につき、有罪の判決をした。

しかしながら、所得税の納税義務者である居住者の納税地は、その者の住所である(昭和二二年法律二七号、所得税法六五条)。

本件公訴にかかわる昭和三〇年及び、同三一年の所得税法の法定申告期限である昭和三一年三月一五日並びに同三二年三月一五日には、被告の住所は東京都にあり、岐阜県各務原市にはなかつた。被告人が同所に転入したのは、昭和三二年四月一五日である。

第六冊六一丁符三九号、昭和三二年九月四日付住民登録票及び、第二五分冊三一四丁、昭和三一年八月二九日付東京中央区長の住民登録票並びに、同被告人の印鑑証明書等で明らかである。従つて、被告人の右両年度の所得税について、納税地は、東京都にあつた。岐阜県各務原市ではないと思つた。被告人は岐阜県各務原市と、その管轄区域とする岐阜南税務署長に対し、所得税確定申告をなさねばならないとは思わなかつた。

(二) 株式会社は法人であり、従つて、本店所在地が住所となるように、東京証券取引所で聞いておつたから同じく、同税務署へは、申告義務があるとは考えなかつたからである。

憲法三〇条とかで法律で定めたことにした。

日本人は税金は納めなくてもようように聞いておつた。

のみならず、個人は、所得税の定めた税のみであり、株式会社は法人税法の定める税とかで、所得税法とかの法律は適用しないものと思つた。

被告人が大蔵省税制一課編輯の租税総覧五〇九頁によると、所得税五一条同施行令一四一条通達二六九、賃金等の全部の貸倒事件によると、損金となるもの。原判決摘示のような損金に計上が出来ない。

被告人は、この本に出ておることを信用して、損金と考えただけで、別に税を逋脱する意志は全然なかつた。

昭和三〇年及び、同三一年中に、被告人は、所得の課税の対象となるべき所得は、損益計算上、なかつた。

仮に、後日の調査によつて課税所得の存在が認められるとしても、右両年度所得税の確定申告期限に於いては、被告人は課税所得の存在を認識していなかつたのであるから、被告人に、所得税脱税の犯意はなかつたものである。

原判決は、課税所得の認定を誤り、その誤つた前提に立つて、被告人の犯意を認定したものであり、憲法三一条に違反するといわなければならない。

第二点 原判決及び、第一審の判決は、憲法三〇条違反の重大なる事実誤認があり、これを破棄しなければ、著しく社会正義に反する。

一 新阪神産業株式会社(以下新阪神(株)と略する)は、商法所定の手続きによつて定款の認証をうけ、商業登記手続きを完了して、本件起訴前の昭和二八年二月一七日付の設立である。本件課税年度の昭和三〇年、同三一年当時、本店所在地は八尾市で、岐阜南税務署管轄内ではなかつた。

本件の起訴は岐阜県南税務署に、被告人が新阪神(株)の昭和三〇年、同三一年両年の確定申告を、所得税法(昭和二二年、法律二七号)に基づき、提出すべきことを、前提とするのではないかと解する。

新阪神(株)の設立無効の判決は、提訴がないから、当然に存在しない。憲法三〇条租税法律主義とは商法五四条二項を無視し、右税法により原判決二六丁表七行以下に於いて、新阪神(株)名義のみの法人で、その取引自体が、税法上、実質的見地から、被告人と認められる旨摘示される。しかしながら、

二、原判決三〇枚目八行、白川不動産(株)を控訴人とする判決昭和五六年(オ)第一〇八号(原審岐阜地裁、昭和三〇年(ワ)第三〇四号)昭和五八年七月一九日に言渡された最高裁第三小法廷判決によると、上告人新阪神(株)は、株式会社として存続していること及び、昭和三〇年、同三一年当時、当事者能力を有することは明らかである旨判示(弁証一一一号、一一三号、一一五号)。

昭和五六年(オ)一〇八号、昭和五六年(オ)一五四号でも、その実在が承諾されている。

(一) 判例上、法人格否認の法理は、昭和四四年の最高裁の判決によつて認知され、本件の起訴の一〇余年後である。この法理に触れたもので、

「本件の新阪神(株)の法人格を否認して、所得税法上の納税義務者とされる。」

正面から、この適用を容認したものは、現在まで見当たらない。

(二) 刑集一九巻六号六三〇丁に、所得税法三六条一項(旧一〇条一項)所得とは、収入すべき権利の確定した金額で、基本通達一九四条によると、収入し得る権利の行使が、法律上、可能となつた時点を以つて所得とされた。

税法の解釈適用の段階で、裁判所の裁量の課税処分は、憲法三〇条、租税法律主義の法定安定性、予測可能性を空洞化する危惧がある。

(三) 実際上、法人以外のものに帰属すると認められる場合であつても、法人税法に特別の明文がない限り法人格を、全面的に正面から否定して、所得税法の解釈適用の段階で主張する事は許容しないのが最近の有力学説である。判例もなければ、学説も法人格の否認は定説がない。法人の所得を実際の帰属者に、個人所得を課することは許されない。如何なるものが納税者たるかの要件は、法律による絶対的規範事項である。(最高裁大法廷昭和三〇年三月二三日民集九巻三号三三六頁、昭和二二年(九)第三二三号、昭和二三年六月二三日大法廷判決集二巻七号七七七頁、昭和三七年二月二一日最高裁刑集一六巻二号一〇七頁)

三、「実質的見地に立つ。」を口実として、税法の解釈適用の段階で、この主張をすることは許されない。当審で取調べた白川不動産(株)に対する判決は、右認定を左右するような意味をもつものではない。この誤認は憲法三〇条の法理に反し、これを破棄しないと、著しく、社会正義に反する。なんとなれば、

法人税法の適用に於いては、法人税法四条の法律の規定を離れて、納税者を実質的に定めることは許されない。憲法三〇条の租税法定主義は、課税要件を法定することにより、税務行政庁や裁判所の恣意的な判断を防止して、国民の財産的利益が侵害されないように人権を擁護しようとするものと解する。憲法八四条が、この原則を宣明している。よつて、被告人の岐阜南税務署への申告義務は新阪神(株)の代表者被告人としてない。

四、租税の領域に於ける、法安定性、予測可能性を確保しようとする原則である「疑わしきは納税者の利益の為に」という法理が、強調される。租税法律主義からの理論的要請として、税法領域に於いてはとりわけ、<1>自由裁量規定等の導入の禁止。<2>包括的委任命令の禁止。

第三点 憲法三〇条、法律租税主義の違法がある。

一、中央信託銀行桑名支店からの受入利息百弐拾万円は、分離課税である。(一一冊三五五丁、被告人昭和四一年八月三〇日付答弁書第一項の通り、)昭和二一年法律一五号租税特別措置法第二条の二、最高裁大法廷昭和三〇年三月二三日民集九巻三号三三六頁、非課税となる。

昭和三七年二月二一日最高裁大法廷判決によると、憲法三〇条及び、同八四条は、納税者の範囲、税率を定めるにつき、法律によることを必要としただけでなく、税の徴収法をも法律によることを要するものとした。(刑集一六巻二号一〇七頁、昭和二二年(れ)第三二二三号、昭和二三年六月二三日大法廷判決集二巻七号七七七頁)

二、昭和二二年三月三一日法律二七号、所得税法第五章源泉徴収第三七条ないし第四三条によると、右利子所得は本来の預金者被告人が直接納税することなく、利子を支払う際に、銀行で所得税が源泉徴収される(所得税法三六条)。被告人に申告義務はなかつた。

三、昭和三七年四月法律第六六号、国税通則第二条五項によると、右国税の納付義務者を通則上、預金者とせず、右税の源泉徴収義務者の同銀行を納税者と法定している。即ち、被告人は法律上の納税者になつていない。預金利子の納税金を、利子支払い銀行で天引き徴収されたことで、納税義務は消滅したと解される。

従つて、この納付行為は、徴収義務者の利息支払銀行と課税権利者の関係で、預金人とは無関係である。(「源泉徴収に於ける法律関係」浦谷清著、甲南法学三巻三号、同「源泉納税者の租税債務」甲南法学四巻三号「非課税法総論」有斐閣)

右利息支払の基因となる定期預金が、被告人が導入預金の斡旋をしたことによつて得た謝礼金を預け入れたものでも、右理に変わりない。

第四点 原判決は、憲法三一条に違反するので破棄すべきである。

一、所得税の課税につき有罪の認定をする為には、適正な手続きにより、客観的な納税義務の範囲を認定し、且つ、少なくとも概括的に、被告人に脱税の認識証明で、明らかにされなければならない。

二、原判決は昭和三〇年中に、被告人の金融業による利益が、四百拾参万弐千弐百拾七円発生していると認定し昭和三〇年八月五日梅山ように対する債券譲渡損について、被告人が主張した債券譲渡損及び、貸倒れ損失の存在したことを全部否認した。

三、第一審判決は、右譲渡の対象となつたのは(株)井善中店に対する被告人名義の(三冊二九六丁~三〇〇丁)手形及び、小切手による貸金元本壱千弐万五千円(第一審判決三九丁表一~六行)と未収利息約百四拾万円(第二五冊一二八丁~一三四丁)、新阪神(株)名義の公正証書による貸金元本金参百五拾万円及び、山田松太郎名義の公正証書による貸金元本金参百万円の元本合計金壱千六百五拾弐万円のうち壱千六百四拾弐万五千円と未収利息約百四拾万円であり、これを代金壱千弐百万円で譲渡したものと認定しながら、譲渡差損の存在を否定した。

原判決は、第一審判決の右の部分は、理由に食い違いがあるものとしてこれを破棄し、新たに、「村瀬徳朗は、更に昭和弐九年六月から同三〇年五月までの間に、(株)井善中店の代表者として、被告人から(但し貸付名義人は被告人、新阪神(株)山田松太郎の抵当権金三百万円に、未払利息は百四拾万円、合計壱千七百九拾弐万五千円、三名に分れるが、同会社及び、山田松太郎は形式的な名義人であつて、実質的貸主は被告人であつたと認められる。村瀬徳朗は連帯債務者或は連帯保証人となる)を多数回に分けて事業運営資金等として、合計壱千百四拾弐万五千円を借り受け」たものと認定した。しかし、

(一) 原判決は、『右合計借受金壱千六百四拾弐万五千円のうちの一部である弐百万円(昭和二九年六月一日貸付分、百万円、同年七月二六日貸付分、百万円)の貸付に際して、村瀬徳朗の所有にかかる名古屋市千種区猪高町大字一社字打越一五三八の三九山林一反六六畝二二歩外数筆の土地の所有権を担保として取得し』、『結局右各山林の所有権移転登記を、昭和三〇年七月一一日受けたまま、その所有権を確定所得してしまい、右弐百万円の債権はこれにより元利とも消滅した』ものと認定した。しかしながら、

原判決の摘示する二件の貸付は、山田松太郎宛ての約束手形を担保とする同人の債権であつて、被告人のものではなく、原判決摘示の山林は右債権の担保の為にその所有権を取得したのではなく、被告人が昭和二九年六月二二日に、現金弐百万円で買受け、同日その代金は村瀬徳朗が公証人に受取つた旨の証明がある。右売買を原因として昭和三〇年七月一一日に、被告人の為に所有権移転登記を経由した。村瀬徳朗は右売買契約の締結並びに、代金の受領について、公正証書(符二二〇号の一)に於いて、確認をしていながら、後日被告人に対し、右山林の取戻し請求を提起して争つたが敗訴し、その判決は決定している(名古屋地裁昭和三二年(ワ)七一三号所有権移転登記抹消登記手続請求事件の確定判決(符第二二〇号の一、二)あるから、原判決の前期認定は明らかに事実に反する。

従つて、昭和三〇年中に、被告人が行つた第六冊一七三丁梅山ように、抵当権、債権譲渡に於いては、譲渡債権元本合計壱千七百九拾四万五千円、その代金壱千弐百万円、譲渡に要した費用(あつせん手数料)百万円であつたから、計算上は結局五百九拾四万五千円の譲渡損を、被告人は、生じているのは明らかである右の損失は金融業による事務所得にかかる必要経費である。

(二) 村瀬徳朗は原判決及び、第一審判決で否定した新阪神(株)の抵当権設定金銭貸借公正証書債務者(株)井善中店の金参百五拾万円の借入は、確かに抵当権を設定して借入しておることを認めた。この抵当権付債務で、(株)井善中店の所有地で参百五拾万円の代物弁済をした。(株)井善中店派等外所有地を(株)丸栄に所有権の移転登記の手続きをしておる。又、符 号 冊 丁の山田松太郎の抵当権設定公正証書の金参百万円の(株)井善中店の債務も同人は認めて、梅山ようから(株)丸栄に、所有権保全仮登記の権利を(株)井善中店の当該山田松太郎の物件につき移転の附記登記をした上、更に本登記手続きをした。現在も(株)丸栄の所有物件となつておる。右は、被告人が提出した符 号、登記謄本及び、符 号土地台帳謄本等から明らかである。原判決摘示によると、これらの代物弁済をした(株)井善中店の債務がなかつた。抵当権のみの譲渡理由が消失する齟齬が生じる。

(三) 原判決は、被告人が昭和三〇年の金融取引による所得を、計算上、必要経費に算入されるべきものであると主張した。次の金額について、全て被告人の主張を排斥した。

(ア) 昭和三〇年一二月三一日付、菊地六輔に対する債権百五拾万円の債権放棄(不渡手形一八通、壱千五百八拾九万壱千円弁証一九号、二〇号存在する)

(イ) 内田商事(株)及び(株)内田商店に対する手形・小切手債権七百拾万円が昭和三〇年中に、同社の倒産によつて回収不能となつたこと。

(ウ) 大東憲治に対する貸付金債権百八拾万円を、昭和三〇年中に債務者の無資力により債権放棄したこと。

(エ) 大信産業(株)に対する手形により貸金百参拾六万五千円が、昭和三〇年又は、同三一年中に回収不能になつたこと。

しかしながら、事業所所得の損益計算上、回収が確実でないものは、損金に強制していない。企業の主観的判断に基づく弾力ある会計処理を認めている。必要経費の損金に算入しうる。(昭和四〇年法律三三号、所得税法五一条、同施行令一四一条)右各事項について原判決の認定は証拠の取捨選択を誤つた合理性を欠くものである。

仮に原判決の認定が相当であるとしても、被告人は、昭和三一年三月一五日当時に於いて、前記の各事由による貸倒損金があり、従つて、昭和三〇年に課税されるべき所得はないと確信していたのである。

四、原判決は、昭和三一年中に被告人の金融業及び、料理旅館業による利益六百弐拾八万六千八百九拾六円発生していると認定し、被告人が主張・立証した、次のような貸倒損失又は、債権譲渡損失の発生を全て否定した。

(一) 菊地六輔に対する貸金壱千五百四拾弐万九千七百六拾円のうち、少なくとも、半額が昭和三一年中に回収不能となつたこと。

(二) 大同石油(株)に対する貸付元利金壱千六百参拾万円が、昭和三一年中に同社の倒産によつて回収不能になつたこと。

(三) (有)藤島工務店に対する貸付金九百万円が、昭和三一年一二月二〇日同社の破産により回収不能になつたこと。

(4) 三光タクシー(株)に対する貸金債権八百弐拾四万円を、昭和三一年二月宮本勢之助に、代金弐百万円で譲渡したことによる譲渡損六百弐拾四万円。

しかしながら、前記各貸倒等の発生した原判決の認定は、証拠の取捨選択を誤つた合理性のない判断である。

仮に、原判決の認定が相当であるとしても、被告人は昭和三二年三月一五日現在に於いては、金融業の所得会計上、事業所得の損益計算、企業主の主観的判断に基づく弾力ある会社処理を認めて損金に算入が認められるような事情により、昭和三一年中に課税所得は発生していないものと確信していた。(大蔵省税制第一課編輯所得税編通達二六九号)

第五点 納税義務者は実質的に、法律の規定を離れて定められないことは、憲法三〇条及び、前記の判例から明らかである。

一、所得税法一二条の実質とは何をいうのか、抽象的・一般的に、実質課税の原則を主張することは、租税法律主義の法定安定性の要請を空洞化せしめる危険がある。

最近に於ける有力学説は租税法律主義とは、別個の租税法の解釈適用上、原則としての実質課税の原則の存在を許容しない。右法一二条実質課税の原則を口実として、所謂、税法の独自性を税法の解釈、適用の段階で主張することは許されない。

二、所得税法一二条の「名義人」という言葉が真の法律上の帰属者に関する規定と解することが可能である。法律的実質主義を規定した法理に、厳格に従えば、経済的実質主義をも、規定したものと解することは許されない。

昭和四〇年九月八日、刑集一九巻六号三〇丁によると、所得税法三六条一項(旧一〇条一項)所得とは、収入すべき権利の確定した金額とされる。所得税法基本通達一九四によると、その収入し得る権利の施行が法律上可能となつた時点を以つて、所得とされる。即ち、債権者新阪神(株)又は、山田松太郎他、森下都、中尾正三の貸付元本が被告人の利息債権となつて確定し、法律上、被告人の所得化する法的に帰属する時点が全然ない。

三、債権者の名義人新阪神(株)他三名の利息債権について、法律上、被告人が収入すべき権利が確定することはない。また、理由不備、理由齟齬は、被告人が収入し得る権利にあらざる後記の課税を申告しなかつたとして、犯意のないこれらの所謂を処罰することは、社会正義に反する。

四、原判決二九丁裏三〇丁表には、法理論上、経験則上、明白な刑訴法四〇一条一号、憲法三〇条の違反、昭和四〇年九月八日刑集一九巻六号六三〇丁の判例と相反する破棄すべき理由がある。即ち、二二冊四四四丁昭和三四年六月二九日付岐阜南税務署法人税等の決定通知書写しの通り、(株)井善に対して、料理旅館営業につき昭和三一年度の課税をしておる。

(一) 料理旅館業の被告人に納税義務のある理由は、実質的見地に立つ時、新阪神(株)名義の活動が全て被告人の活動としても、山田松太郎又は、(株)井善が営んだ料理旅館業を後記(二)のように、被告人が同業を営んだことは、法律上、全然なり得ないことは明らかである。

(二) 被告人には新阪神(株)の代表取締役として、業務執行権がある。当然に、同会社の営業活動については、他の人達には、当然に、法理上できないことは明らかである。

法人税法上に於いて、同株式会社が納税の適格を有しない明文がない限り、被告人に所得税法により、課税すること自体が憲法三〇条に違反する。

上告趣意補充書

被告人は、さきに提出した上告趣意書につき、さらに左記のとおり、補充します。

第一 昭和三〇年の債権譲渡損について

一、原判決(二六丁裏)は、株式会社井善中店が被告人(債権者の名義は被告人、新阪神産業株式会社及び山田松太郎)から、昭和二九年六月から同三〇年五月までに借り受けたのは合計一一四二万五〇〇〇円であると認定した。

二、原判決(二七丁)は、右債務額のうち二〇〇万円は村瀬徳朗所有の土地をもつてする代物弁済によつて消滅したから、昭和三〇年八月、債権譲渡当時に株式会社井善中店が負担した債務は元本九四二万五〇〇〇円とこれに対する未収利息一四〇万円、計一〇八二万五〇〇〇円弱であつた、と認定した。

三、しかしながら、右債権譲渡時における株式会社井善中店に対する

(一) 被告人の債権は同社振出の小切手及び手形四四通(記録三冊二九七~二九九丁)額面合計一〇〇二万五〇〇〇円とこれに対する未収利息である。

この事実は、抵当権設定契約公正証書等の写(弁一四)、抵当権付債権譲渡証書(弁一三)等により明らかである。

(二) 新阪神産業(株)の分として金額三五〇万円およびこれに対する未収利息である。このことは抵当権設定金銭消費貸借公正証書(弁九)により明らかである。

(三) 山田松太郎分として金三〇〇万円およびこれに対する未収利息である。このことは抵当権設定金銭消費貸借公正証書(弁一〇)により明らかである。

(四) 債権額は以上合計、元本一六五二万五〇〇〇円及びこれに対する未収利息約一四〇万円であり、第一審判決の認定(第一審判決三八~三九丁)は相当である。

四、前記二の二〇〇万につき代物弁済がなされた旨の原判決の認定が失当であることは、上告趣意書において述べたとおりである。

五、原判決(二七丁裏~二八丁)は、前記二の(四)の債権額の存在を自認した、第一審判決公判調書中の証人村瀬徳朗の供述記載部分及び村瀬徳朗の検察官に対する供述調書及び同人の上申書等の記載について、これらは株式会社井善(前出の株式会社井善中店とは別個の法人である)の新阪神産業(株)に対する債務元本五〇〇万円の代物弁済として岐阜県各務原市所在の土地を、債権者新阪神産業(株)にとられたことにつき不満であつた村瀬徳朗が、右代物弁済について納得せず、これに対応する債務も消滅しないものと考えていたので、この五〇〇万円と、前記二の二〇〇万円との合計「七〇〇万円の既に消滅した債権まで元利金に加える等独自の方法で計算した結果によるものであつて」、原判決(二七丁裏)認定の債権譲渡付の債権現在額合計一〇八二万五、〇〇〇円を左右するものではない、とした。

六、原判決の右の判断こそ「独自の方法」によるものであつて、不合理である。村瀬徳朗が代表者であつても株式会社井善と株式会社井善中店とはその本店所在地も営業場所も営業不動産も全く別個のものであつたから、その別個の法人の営業のための借入金の弁済に関する事項を会社経営者が混同する筈はないし、村瀬徳朗がこれを混同して認識していたと認められる証拠も存在しない。

また、昭和三〇年八月九日の債権譲渡契約において譲受人梅山ようの代理人となつた梅山実明は弁護士であつたから、譲受債権の金額を確定しないで譲受る筈はないし、その譲渡債権の担保のために名古屋市中区久屋町八丁目所在の土地、建物につき登記されていた抵当権につき、債権者変更の附記登記がされていることに照らしても、前記債権譲渡契約は、第一審判決の認定した債権額についてなされたものとみるべきである。

七、原判決の認定、判断は公正証書、不動産登記簿における記載事項の信憑性を無視し、条理に反したものであつて違法である。

第二、新阪神産業(株)の取引について

一、新阪神産業(株)が、実体的にも存在する会社であつて、その資産を有し、訴訟上も独立した法人格を是認されていたものであることは、上告趣意書に述べたところである。

二、第一審判決は、同社の登記簿上の本店所在地に営業所がなかつたこと、同社の役員は被告人と特別な近親者であること、同社は設立以来株主総会等の会議を開いた形跡のないこと等をあげて、同社は名目だけの法人であつて、同社名義による取引はすべて被告人の取引であると判断し、原判決も「新阪神産業株式会社は名目のみの法人で、その取引主体が税法上、実質的見地から被告人と認められることは原判示のとおりである」とした(原判決二六丁表)。

三、しかしながら第一審判決挙示の種々の事象は、わが国の中小の会社にとつて普遍的なことであつて怪しむに足りない。そのような中小の会社であつても自己固有の資産を所有し、その資産の運用としての取引をし、その取引による収益を自ら亨受しているかぎり、税法上は法人税の納税義務者である。

そのような法人の取引を否認して課税処分をするためには、法人税法上は「同族会社の行為計算否認」の規定の適用によらなければならない。

同族会社の行為、計算であつて、その結果がその同族会社に関係のある個人の所得税の負担を不員に減少する結果となると認められる場合についても同様である。

同族会社の行為、計算否認は、個々の行為、計算否認の問題であつて、経営の主体そのもの、経営上の収益の帰属そのものに関することではない。

民事紛争の解決の方法として「法人格否認」の理論があるとされる。この理論は、法律形式上取引主体とされている法人格が全く形骸化し藁人形であつて実質を伴わないものであるときは、取引の相手方はその法人格を否認して、その奥にある実体に向つて請求することができるものとする。私的取引の保護のための論理である。

したがつて、公法上の債権関係である租税法律関係において、納税者に対し優越した地位に立つ課税権者にとつて法人格否認の理論の援用を認める必要はないと解されている。

課税関係において法人格否認の理論が適用されないものであれば、納税義務の成立を当然の前提とする脱税犯の事実認定においても法人格否認の法理は適用されないことは当然である。

新阪神産業(株)が前記のとおり、独立の資産を有し、その資産の運用としての金融取引を行い、その取引にかかる収益をその名において収受し管理しているかぎり、その収益は同社に帰属するのである。

これをなんら税法上の根拠なしに、被告人に帰属するとした原判決の認定、判断は「法人格否認の法理」を誤用した違法がある。

第三、城山荘の経営主体について

一、城山荘にのおける旅館、料理店の経営主体は、各関係官公署への届出およびその許認可、銀行取引名義等にてらし、山田松太郎であると認められるべきことは、上告趣意書に述べたところである。

二、被告人は、山田松太郎によつて支配人に選任され、その旨の登記を経由していた。

三、したがつて、被告人は山田松太郎の許可がなければ同人の営業に属する事業、すなわち料理、旅館業、を行うことができなかつたのであり、同人が右のような許可を与えたという証拠もない。

三、そうであるならば、被告人において、仮りに、城山荘における料理、旅館業の営業に関する行為があつたとしても、それはすべて支配人としての業務の執行であり、そのことによる収益は、営業主である山田松太郎に帰属したものである。

城山荘における料理、旅館業の収益が被告人に帰属するものとした原判決は商法四一条の適用を誤つた結果、旧所得税法六九条一項の適用を誤り、ひいては憲法三一条に違法したものである。

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